2022年2月24日木曜日

タコ滑り台判決(知財高裁令和3年12月8日/東京地裁令和3年4月28日)

美術手帖を読んでいたら応用美術について見ておいたほうが良さそうな判決が出ていたので整理してみました。アーティスティックな遊具は割と見かけますが、考えてみれば応用美術としても、建築の著作物としても捉えられるいいテーマなのかも。この機会に考えておきましょ。


「本件は,原告が,被告に対し,原告が製作したタコの形状を模した……滑り台が美術の著作物又は建築の著作物に該当し,被告がタコの形状を模した公園の遊具である滑り台2基を製作した行為が,いずれも,原告が有する同目録記載の滑り台に係る著作権(複製権又は翻案権)を侵害すると主張して,主位的に,著作権侵害の不法行為に基づき,……支払を,予備的に,不当利得に基づき,……支払を,それぞれ求める事案である。(太字、下線、中略筆者。以下同様。)」(以下、高裁の判断セクションまでは地裁判決より引用)

原告の製作する「タコの滑り台」は「基本的に,上部にタコの頭部を模した部分を備えている,その中は空洞となっていて,当該部分の下部の踊り場から複数のタコの足が延びている,タコの足は,主にスライダー(滑り台のうち,利用者が滑り降りる部分をいう。)となっており,滑り台の利用者は,いずれかのスライダーを選んで滑り降りることができるといった構造を有している。なお,タコの足が階段をなしているものもある。」

<原告の主張>

この「タコの滑り台」は「抽象形態の中に,空洞部等の神秘的な空間を設け,さらに頭部を付加して,抽象性と具体性を内包した彫刻として,子どもたちに形の美しさ,不思議さ,楽しさ等を体感してもらうために創作されたものであって,Bが,彫刻家としての思想,感情を創作的に表現したものである。」(Bは原告の前身となる会社に勤務していた彫刻家)

その他、原告は「タコの滑り台」について大変熱く語っているが、その部分は判例を参照いただきたいが、とにかく滑り台であること以上に独創的な芸術品であると語っている。それを踏まえた上で、著作権法的に重要な部分は以下の通り。

①(美術の著作物)本件原告滑り台が応用美術に属するものであるとしても,一品製作品というべきものであり,「美術工芸品」(著作権法2条2項)に当たるから,「美術の著作物」(同法10条1項4号)に含まれる。

②(美術の著作物)本件原告滑り台が「美術工芸品」に当たらないとしても,「美術工芸品」以外の応用美術が「美術の著作物」に該当するか否かの判断基準として,「美的」という観点から高い創作性を必要とすると解するのは相当ではなく,個別具体的に,作成者の個性が発揮されているか否かを基準として判断するべきである。(本件滑り台においては、滑り台としての最低限の機能を果たす階段とスライダーがあれば足りるのであって、そのスライダーの形状がタコの足の形をしているとか、頭部にあたる空洞が存在するとか、必然的とはいえない部分が存在するので、独立して創造的な部分があるとする)

③(美術の著作物)純粋美術同視説をとるとしても、原告「タコの滑り台」は前述のように創作性の程度が非常に高いため、「純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価される」。

④(建築の著作物)「本件原告滑り台のような彫刻としての性質を有する遊具の著作物性については,客観的,外形的に見て,それが滑り台において通常加味される程度の美的創作性を上回り,滑り台としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となり,彫刻家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えているか否かという基準により,判断すべき」

「本件原告滑り台は,滑り台の機能とは独立した形態的特徴を有しており,通常,滑り台に施される美的創作性と比べて,はるかに美的創作性の程度が高い。したがって,本件原告滑り台それ自体がモニュメント彫刻として美的鑑賞の対象となり,設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形美術としての美術性を備えている」

 

<被告の主張>

(建築の著作物)「原告が主張する判断枠組みを前提にしても,前記ア(被告の主張)のとおり,本件原告滑り台の機能ないし特徴は,多人数が同時に遊べ,スライダーを複数有しており,頭部に隠れて遊ぶことができる空間があるといった点にあり,本件原告滑り台は,こうした遊具としての実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となり得るとは考えられないし,設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えたものとはいえない」

 

<その他>

複製権侵害や翻案権侵害、著作権譲渡、職務著作といった論点でも争っているが、そもそも本件滑り台が著作物であるかがその大前提となっており、本判例において注目すべき点であるため、省略する。

 

<東京地裁の判断(東京地裁R3/Apr./28)

①(美術の著作物)「(遊具である滑り台として通常有する構造を備えている)本件原告滑り台は,利用者が滑り台として遊ぶなど,公園に設置され,遊具として用いられることを前提に製作されたものであると認められる。したがって,本件原告滑り台は,一般的な芸術作品等と同様の展示等を目的とするものではなく,遊具としての実用に供されることを目的とするもの……」

「実用に供され,あるいは産業上利用されることが予定されている美的創作物(いわゆる応用美術)が,著作権法2条1項1号の「美術」「の範囲に属するもの」として著作物性を有するかについて……応用美術と同様に実用に供されるという性質を有する印刷用書体に関し,それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えることを要件の一つとして挙げた上で,同法2条1項1号の著作物に該当し得るとした最高裁判決(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁)の判示に照らし,同条2項は,単なる例示規定と解すべき……同判決が,実用的機能の観点から見た美しさがあれば足りるとすると,文化の発展に寄与しようとする著作権法の目的に反することになる旨説示していることに照らせば,応用美術のうち,「美術工芸品」以外のものであっても,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものについては,「美術」「の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)である「美術の著作物」(同法10条1項4号)として,保護され得ると解するのが相当」

「(美術工芸品であるとの原告主張に対して)本件原告滑り台は,自治体の発注に基づき,遊具として製作されたものであり,主として,遊具として利用者である子どもたちに遊びの場を提供するという目的を有する物品であって,「絵画,版画,彫刻」のように主として鑑賞を目的とするものであるとまでは認められない」

「(応用美術として保護されるとの原告主張に対して)実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものであるか否かについて,……(タコの頭部について)本件原告滑り台の中でも最も高い箇所に設置されているのであるから,同部分に設置された上記各開口部は,滑り降りるためのスライダー等を同部分に接続するために不可欠な構造であって,滑り台としての実用目的に必要な構成そのものであるといえる。また,上記空洞は,同部分に上った利用者が,上記各開口部及びスライダーに移動するために不可欠な構造である上,開口部を除く周囲が囲まれた構造であることによって,最も高い箇所にある踊り場様の床から利用者が落下することを防止する機能を有するといえるし,それのみならず,周囲が囲まれているという構造を利用して,隠れん坊の要領で遊ぶことなどを可能にしているとも考えられる。そうすると,本件原告滑り台のうち,タコの頭部を模した部分は,総じて,滑り台の遊具としての利用と強く結びついているものというべきであるから,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。」

以下、足部分や全体の形状について分離して美術鑑賞の対象となりうる美的特性を備えているとまではいえないから、応用美術とは言えないことを細かく認定している。

なお、原告が言う、滑り台としての最低限の機能を超えた独創的な部分は必然的な表現ではない(から、滑り台の機能から独立して存在する美的特徴がある)という主張に対しては「ある製作物が「美術の著作物」たる応用美術に該当するか否かに当たって考慮すべき実用目的及び機能は,当該製作物が現に実用に供されている具体的な用途を前提として把握すべきであって,製作物の種類により形式的にその目的及び機能を把握するべきではない」

「また、原告の上記主張は……著作物性(著作権法2条1項1号)の要件のうち,「思想又は感情を創作的に表現したもの」との要件に係るものであって,「美術」「の範囲に属するもの」との要件に係るものではない」

②(建築の著作物)「著作権法においては……「建築」についての定義は置かれていない……(建築基準法等から解釈すると)土地に定着する工作物のうち,屋根及び柱若しくは壁を有するもの……本件原告滑り台も,屋根及び柱又は壁を有するものに類する構造のものと認めることができ,かつ,これが著作権法上の「建築」に含まれるとしても,文化の発展に寄与するという目的と齟齬するものではないといえる。そうすると,本件原告滑り台は同法上の「建築」に該当すると解することができる。」

「「建築」に該当するとしても,その「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)としての著作物性については,「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)か否か,すなわち,同法で保護され得る建築美術であるか否かを検討する必要がある。具体的には,「建築の著作物」が,実用に供されることが予定されている創作物であり,その中には美的な要素を有するものも存在するという点で,応用美術に類する……その著作物性の判断は……(①と同様の基準が相当)」

 

<控訴審の判断(知財高裁R3/Dec./8)>

①(美術の著作物)「応用美術には,一品製作の美術工芸品と量産される量産品が含まれるところ,著作権法は,同法にいう「美術の著作物」には,美術工芸品を含むものとする(同法2条2項)と定めているが,美術工芸品以外の応用美術については特段の規定は存在しない。上記同条1項1号の著作物の定義規定に鑑みれば,美的鑑賞の対象となり得るものであって,思想又は感情を創作的に表現したものであれば,美術の著作物に含まれると解するのが自然であるから,同条2項は,美術工芸品が美術の著作物として保護されることを例示した規定であると解される。他方で,応用美術のうち,美術工芸品以外の量産品について,美的鑑賞の対象となり得るというだけで一律に美術の著作物として保護されることになると,実用的な物品の機能を実現するために必要な形状等の構成についても著作権で保護されることになり,当該物品の形状等の利用を過度に制約し,将来の創作活動を阻害することになって,妥当でない。もっとも,このような物品の形状等であっても,視覚を通じて美感を起こさせるものについては,意匠として意匠法によって保護されることが否定されるものではない。これらを踏まえると,応用美術のうち,美術工芸品以外のものであっても,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものについては,当該部分を含む作品全体が美術の著作物として,保護され得ると解するのが相当」

「(タコの頭部について)本件原告滑り台のタコの頭部を模した部分のうち,上記天蓋部分については,滑り台としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して把握できるものであるといえる」(←地裁と異なる認定をしているが)「(天蓋部分は)頭頂部から後部に向かってやや傾いた略半球状であり,タコの頭部をも連想させるものではあるが,その形状自体は単純なものであり,タコの頭部の形状としても,ありふれたものである。したがって,上記天蓋部分は,美的特性である創作的表現を備えているものとは認められない」