2022年4月25日月曜日

表現の自由ー手段規制の書き方

一般的に、表現の自由は重要な権利利益であって、精神的自由に属する(判例は二重の基準論を取っていないという説もあるが、いずれにせよ表現の自由が最上級の保護を与えられている権利であることは争いがないだろう)ため、保護の必要性は高い。一方で、憲法21条1項も表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉による、必要かつ合理的な制約を受けることはあり、「思想を外部に発表するための手段であっても、その手段が他人の権利を不当に害することは許されない」(最三小判S59/12/18刑集38-12-3026・最二小判H20/04/11刑集62-5-1217)

本件(立川宿舎ビラ投函事件最二小判H20/04/11刑集62-5-1217)では、表現そのものではなく表現の手段に対する規制であり、表現そのものを処罰することの憲法適合性の判断とは異なって然るべきであり、それは表現の手段に対する規制である場合、権利侵害を伴わない代替的伝達経路がなお残されている可能性があることによる。

本件は防衛庁(立川宿舎ビラ投函事件原文ママ)の職員……が私的生活を営む集合住宅の共用部分及び敷地であり、……一般に人が自由に出入りすることのできる場所ではない。そういった場所に立ち入ることは表現の自由の行使のためであっても権利者の管理権、及び生活を営んでいる者の私生活の平穏を侵害するものであって、表現の自由の要保護性との比較衡量において許されるものとはいえない。(よって憲法21-1で保護される表現の自由に含まれるビラ投函のための敷地内立入りを刑法130条前段(住居侵入罪)で取ることは憲法21-1に反することなく、許される)

→立川ビラ事件では殊更に「私的領域を侵害されない」こととの比較を丁寧に行っており、逆に考えるといわゆる「パブリック・フォーラム」や誰しも外から投函できる集合ポストといった場所における同様のビラ配布行為では表現の自由が勝つことが考えられる。












0 件のコメント:

コメントを投稿